民法は、一方では、市民的自由と平等を基調とする市民社会を前提とし、他方では財産権の保障と契約の自由を基本的な構成要素とする市場経済の基盤を形成している。戦後の西欧及び日本社会は、その実現の程度に相違はあるとしても、福祉国家の実現を政治的目標としてきた。戦後初期の日本民法学は、前近代的な雇用関係、農村における小作・入会問題、都市における借地借家問題などに関心を抱き、日本社会の近代化を目指し、そこでの自由と平等の実現を志向し、「社会法」論などの議論がなされ、市民の権利獲得要求・運動を支援する傾向も見られ、市民社会の形成を目標とする理論的構築を目指していた。 1960年代には福祉国家が実現され、1970年代以降は国家財政支出の削減に伴う福祉国家の縮減が生じ、さらに1990年代以降は経済のグローバル化の中で福祉国家の再編が問題となった。政治学や社会学などの領域では、福祉社会の根拠付けに関して、国民統合の理念では不十分となり、共生と連帯という理念が提唱され、社会的排除と包摂という論理が主張され、市民権(citizenship)の理論がなされている。 近時の日本民法学は、経済活動を支援するための法的ルール作りへと問題関心が向けられ、市場経済の基盤形成が主要な関心となり、自己決定と自己責任を強調する理論的潮流が主流としての地位を占め、かつて存在した社会的公正と正義を実現する福祉的要素をも民法学に含もうとする理論は伏流として表面から消えたように思われる。そこで、本研究は近時の政治学などの隣接諸分野における理論的深化をふまえ、民法学の分野において、福祉的要素を含んだ市民社会の実現を志向する学問的潮流を再構築するために、戦後民法学史を検討し、福祉国家論を内在化する民法学の理論的構造を分析したものである。
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