2005年度は、<精神的損害>に関する消滅時効問題の研究を中心に行った。 (1)戦後補償訴訟で問題となる精神的損害と時効問題について、この種の損害に対して、消滅時効や除斥期間を適用する場合の、時効・除斥期間の起算点論、その援用・適用制限論について、具体的な判決の法理の批判的検討を通じて、解釈論を提言した。とくに、人間の尊厳に反するような重大な人権侵害である強制連行・強制労働のような場合には、時が経過したとの一事をもって、損害賠償請求権を消滅させ加害責任を不問に付し、被害を放置することは、本来時効や除斥期間制度が有する<法的安定性>の実現にならないばかりか、そのような権利の消滅に納得できない被害者たちによる更なる訴訟の提起を招き、むしろ<法的安定性>を阻害することを明らかにした。(2)継続的な不当労働行為の事件では、継続的な精神的損害が発生するが、この場合の損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、いつと解すべきかについて、鉄建公団訴訟を中心に解釈論を提言した。その際のポイントは、不当労働行為が継続し、とくに鉄建公団訴訟のように、国鉄から国鉄清算事業団、JRと使用者が変わっていく場合に、誰を相手取って民事責任を追及すべきかが一概に明確でない場合には、最高裁判所の判断が示されたときをもって、損害及び加害者を知ったとき(民法724条前段)の起算点とすべきことなどを論じた。(3)性的被害における精神的損害概念を検討する前提として、現在のキャンパス・セクシュアル・ハラスメント訴訟において特徴的な、加害教員の処分の相当性を争う訴訟の問題点を、大学と加害教員の責任の並存問題、<教授の権利>や<教育の権利>を理由にした教育活動停止措置の不当性をめぐる問題に焦点をあてて課題を析出し、具体的解釈論を提示した。
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