欧州人権条約は基本権の分野における「欧州の公の秩序に関する憲法的文書」とされる。他方、フランスおよびオランダの国民投票での批准拒否の結果、欧州憲法条約の行く末は定まっていない。そのため、現行のEU/EC条約の下で保護される基本権と欧州人権条約の関係につき、欧州人権裁判所の2005年6月30日付Bosphorus v.Ireland事件判決に依拠して検討を行った。 欧州司法裁判所(ECJ)が法の一般原則としての基本権保護に関して欧州人権条約(ECHR)および欧州人権裁判所の判例法をガイドラインとして参照しながら審査する対象となるのは、(イ)EC諸機関の行為、(ロ)EC法を実施する加盟国の行為およびEC法の範囲内にある加盟国の行為(国内法令)である。EC法の範囲内にある加盟国の行為とは、例えば域内市場における物・人・サービス・資本の自由移動の適用除外が加盟国に認められた場合の措置を言う。(ハ)上記以外のEC法の範囲外にある加盟国の行為(国内法令)はECJの審査に服しない。また、(ニ)EC条約およびそれに準じる第一次法について、ECJはその合法性を審査する権限を有しない。 以上のようなECJの管轄権は欧州人権裁判所の管轄権とどのように競合するのかに関し、欧州人権裁判所の管轄権について(EC法に関して)次のようにまとめることができる。第1に、EC諸機関の行為によるECHR違反が問題となる場合、加盟国の行為が介在しないため、「同等の保護」理論が適用される結果、「明白な瑕疵」がない限りECHR適合の推定が働く。「明白な瑕疵」があるときは加盟国の責任が問われる。第2に、EC法を実施する加盟国の行為であって加盟国に裁量権がない場合も、同様に「同等の保護」理論が適用される。第3に、EC法を実施する加盟国の行為であって加盟国に裁量権がある場合、加盟国の責任として審査される。第4に、EC法の範囲内にある加盟国の行為(国内法令)については、その性質上加盟国の責任として審査される。第5にEC法の範囲外にある加盟国の行為(国内法令)は加盟国の責任として審査される。第6に、EC条約およびそれに準じる第一次法について、ECJはその合法性を審査する権限を有しない一方、欧州人権裁判所は加盟国の責任として審査する。このようにして、ECJと欧州人権裁判所の間で事実上の「棲み分け」がなされている。
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