今年度における平島と中村の研究の主眼は、90年代以降に展開したEUの全体像について、まずは政治学と法律学の各分野における研究動向の把握に努める点にあった。 中村は、これまでに考察を進めてきた多元的複合的秩序としてのEU法秩序の観点から、とりわけ「民主主義の赤字」をめぐる議論が、欧州議会と各国の国民議会がそれぞれ有する代表制としての正統化機能にとらわれている現状を明らかにし、まさに多元的複合的法秩序に内在する別の正統化機能のありかを、憲法条約をてがかりとして考察する論文を発表した。この論文を完成する上では、フランスとオランダにおける、同条約の批准をめぐる国民投票後における現地の議論を直接に摂取するため、複数回にわたって現地調査を実施した。 平島は、90年代以降に雇用政策を初めとして政策共通化の手法として採用されてきたOMC(Open Method of Coordination)をめぐる議論を参照しつつ、EUの多元的政体が、政策領域ごとにガバナンスを異にするために、ヨーロッパにおける市場をめぐる領域と加盟国における社会・雇用政策を中心とする領域との間に内包する矛盾を想定して考察を進めた。しかし、EMU(経済通貨同盟)における通貨政策の決定メカニズムの再検討を通じ、共通化されたヨーロッパの政策と各国に残る政策との間の実際の関係は、より複雑ではないかと考えるようになった。OMCを用いた雇用・社会政策のみならず、ヨーロッパ法規に対応する国内適用法一般の執行局面や、そこにおいて活用されるインフォーマルな手法にも注目し、多元的政策レジームとしてEUが備える融通性(slackness)を引き続き明らかにしたい。
|