本研究が掲げた目的は、生成を続けるEUの多元的政体像を、雇用や社会的包摂などの政策領域において近年、採用された「調整のオープン・メソッド」(Open Method of Co-ordination : OMC)に着目しつつ政策ガバナンスと秩序規範の二つの角度から複眼的に明らかにすることにあった。 しかしながら、OMCを分析するためには、まずヨーロッパ・レベルにおける雇用政策への着手そのものの解明が重要である。欧州統合は、もっぱら経済的自由化の試みとして始まったのであり、雇用・社会政策は基本的に福祉国家としての加盟国に委ねられていたからである。そこで本研究は、EUにおける経済的自由と社会的権利の拮抗関係を考察の補助線として追加した上で次の3点に関して考察を進めた。 (1)4つの自由移動を基本的原理として形成されてきた共同体において、社会的権利が対抗的に実現される場合に働く三つのメカニズム、すなわち(i)加盟国政府間における(「消極的統合」と比べて困難な)「積極的統合」、(ii)欧州裁判所による裁定(judicial ruling)、(iii)各国憲法の変容、これらのメカニズムを検討する。(2)共同体における労働力・サービスの自由移動と、社会保険制度を中核とする加盟国の福祉国家体制の維持という相互に背反する要請に対し、加盟国政府の対応と(先決裁定制度を通じて)欧州裁判所が積み重ねてきた判断の過程を整理する。そして、(3)欧州の次元において加盟国政府が定式化したOMCが、他の政策との問に調整を強いられてきた過程、ならびに、連合市民権の規定(マーストリヒト条約)から基本権憲章の採択、憲法条約草案の作成へと至る社会的権利の確定の流れと並行して欧州裁判所が形成した社会的権利の規範体系と、それがEU全体の民主的正当性に及ぼす影響について考察した。
|