昨年度に続いて、ポンド危機の政治経済学的研究に関する資料の収集を進めると同時に、このテーマに関して必要とされる主要な分析枠組みである、ヨーロッパ化(europeanization)に焦点を絞って研究を行った。ヨーロッパ化は、ヨーロッパ政治を対象とした比較政治研究の成長産業と称されるほど、近年、相当な研究の蓄積を見ている。中央政府の統治機構について言えば、体制、組織、手続き、規制ルール等の面でイギリスはヨーロッパ化の影響をほとんど受けていない。政策領域毎に見た場合、政策権限がEUレベルにあるとしても、そのことが当該省にとって、自律性の喪失という否定的な影響を必ずしももたらすわけではないこと、むしろ初期の段階からEUレベルの政策過程に関与し、自国の政策枠組・アイデアを政策立案に盛り込もうとする傾向が強いことが明らかになった。本研究課題との関連で言えば、貿易産業省とEC・EUとの間にも、単一欧州議定書に盛り込まれた域内統一市場の完成、特に自由競争・自由貿易の推進という点で、経済政策の方向性を共有する部分が多い。それ故、貿易産業省では、政策のヨーロッパ化が相当進んでいる。こうした事例は、ヨーロッパ化には、EUレベルの政策・規範の加盟国への強制、加盟国による受容・適用といった「ダウンロード」だけではなく、加盟国の政策枠組・政策選好のEUレベルへの「アップロード」という、双方向の過程があることを如実に示している。他方、イギリスの通貨・金融政策については、ヨーロッパ化が進んでいるとは言い難い。この点については、財務省とシティを中心とするエコノミストの言説分析が必要とされる。こうした問題を含め、残された研究課題の検討をさらに深め、研究成果を印字媒体によって公開したい。
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