本年度の研究の実績としては、第1に、「人間の安全保障」に関わる問題のうち「持続可能な開発」に関して詳細な先行研究のサーベイを実施し、それに基づいて現地調査のための暫定的な枠組みを設定できたこと、第2に、グローバル・ガバナンスの専門家から、その枠組みに関して意見を聴取し、それを洗練することができたこと、第3に、マルチ・ステイクホルダー・アプローチ(MSA)を採用した事例として世界銀行の「水資源戦略」、「採掘産業イニシアティブ」および欧州委員会のCSR(企業の社会的責任)政策を選定できたこと、および第4に、選定した事例の中から、世界銀行の「水資源戦略」に関して担当者に聴き取り調査を実施できたことが挙げられる。 最後の点について補足すると、世界銀行において「持続可能な開発」を促進する任にあるQuality Assurance and Compliance Unit(品質保証・遵守ユニット)の責任者のリントナー氏とダムの安全性を担当するパルミエリ氏に対して2日間にわたってインタビュー調査を実施することができたことは有意義であった。この聴き取り調査を通して、世界銀行が何故2000年以降再び灌漑やダムなどのインフラ融資を重視するようになったのか、そして世界銀行がそのようなインフラ融資と「持続可能な開発」をどのような形で調和させようとしているのか、について詳細な情報を入手することができた。この聴き取り調査で世界銀行が市民社会団体などのステイクホルダーと公的な協議の場を設け、これらの行為主体に対してインスペクション・パネルなどを通して「外部的な」責任説明を果たそうとしている点などが確認できた。 現在、日本国際政治学会から依頼を受け、この研究成果を同学会機関誌『国際政治』に掲載される論文として執筆中である。今後は、他の事例についても実証的な研究を進めるとともに、異なる知識間あるいは利益間の融合を可能にする組織論的なメカニズムに関する理論的な考察も実施する予定である。
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