17年度には、「人間の安全保障」をめぐるグローバル・ガバナンスに関する文献サーベイおよび、環境保護と開発援助が交錯する「持続可能な開発」の領域におけるマルチ・ステイクホルダー・アプローチ(MSA)の事例に関するサーベイを実施し、分析すべき事例を特定化した。その上で、MSAの典型的な事例として世界ダム委員会(WCD)を取り上げ、WCDプロセスの目的、WCDと各国政府ならびに世界銀行との関係、そしてWCDプロセスの正統性などに関して、世界銀行の担当者から聴き取り調査を実施した。さらに、18年度には、前年度に引き続き、「持続可能な開発」に関してMSAが使われた事例として国連環境計画(UNEP)のダム開発プロジェクト(DDP)を取り上げ、DDPの目的と成果に関して、これまで世界銀行の代表としてDDPプロセスに参加してきた担当者から聴き取り調査を実施した。 本研究からは、以下の点が明らかになった。第1に、グローバル・ガバナンスの実践の様々な場面において、MSAを採用するマルチセクトラルなネットワークが存在することを確認できた。代表的なものとしては、採掘産業に関するものと、大型ダムに関するものがあった。第2に、MSAは国際組織の組織変化のプロセスの中で採用される傾向が見られた。とりわけ世界銀行は、国境を超えて連携する市民社会組織から成る「下からのトランスナショナリズム」に応えようとして、MSAを採用した。第3に、この実証分析から世界銀行の二面性も明らかにされた。世界銀行は、一方において、環境規範および人権規範を自己の政策に反映させ、ガイドラインの作成、インスペクション・パネルの設置および社会・環境政策の「主流化」に力を入れたが、他方では、企業や各国政府による自主的な規制を重視する立場を貫いた。以上の点から、MSAの強みは、知識や規範を異なるステイクホルダーに共有させることにあり、拘束力を持つ実効的なルールを形成することにはないことが明らかとなった。
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