本研究は、90年代以降の日本経済における労働分配率の中期的動向、特に近年進行しつつある所得格差の拡大ならびにマクロ労働分配率の低落要因の理論的解明に焦点を当てたものである。とりわけ、コンピューターや情報技術等の新技術は、生産サイドからは、未熟練を減らし資本に置き換える傾向が強いので、本研究はいくつかの不均等な要素代替が存在する枠組みに主眼をおいた分析となっている。具体的には、熟練、未熟練、資本の3要素の枠組みで、ケインジアンとクラシカルの折衷体系での経済変動や財、労働市場の規制緩和、伸縮的な市場体系での技能偏向技術や資本の変化、さらには労働移動等が、所得格差やマクロ労働分配率に及ぼすメカニズムの解明に焦点を当てる。このような中期を想定した不均等な要素代替の枠組みからの分配研究は少ない。 主要な帰結として、熟練と資本の補完の方が未熟練と資本の補完より強いという資本・熟練補完的な要素代替がある場合、不況期では所得格差の拡大と労働分配率の低落が生じうること、規制緩和は概して労働分配率を引き下げ、所得格差を拡大させる傾向があることを明らかにした。また、さまざまな要素代替との関連では、市場調整がなされる枠組みでは、資本や熟練偏向技術の変化が生じた場合、資本・熟練補完性は、所得格差の拡大と労働分配の低落を生み出しやすいこと、労働移動が生じるような環境では、資本の変化は、賃金格差を拡大させ労働移動を引き起こす結果、所得格差の拡大と労働分配率の低落を強化すること等を明らかにした。さらに、資本・熟練補完は、労働移動がある場合には、経済成長の一推進因であるマクロの資本と労働間の集計要素代替を拡大させうることを明らかにした。
|