研究計画に従って、初年度には、関西学院大学図書館が所蔵するマンチェクターのオウエンズ・カレッジでジェヴォンズが行った経済学講義(1870-71)の学生による受講ノートを翻刻した。さらにその翻刻に従って、協力者であるオーストラリアのモナッシュ大学のM.V.ホワイト氏による校訂を実施する予定であったが、本人の都合により2年目に変更し、研究代表者が2年目に行う予定であった現在、マンチスター大学所蔵の学生による筆記ノート(R.D.ブラックによって翻刻出版されたもので1875-76年度のノート)の現物確認を行った。さらに、ジェヴォンズの講義内容の経年的比較のために重要な資料となるロンドンのユニヴァーシティ・カレッジの講義で日本人学生山辺丈夫が筆記した受講ノート(1878-79)の校閲を行った。2年目では、関西学院大学へ来日したホワイト氏による校閲を行い、その資料の公刊のための資料を作成し、現在、ホワイトが中心となって、その解説を書き、公刊の準備を進める一方、井上は山辺の受講ノートを公刊。 これらの研究作業の過程で、暫定的ではあるが、得られた知見は以下の通りである。上記の三種類の受講ノートを比較することによって、ジェヴォンズは教員となった当初すでに自らの研究によって得られていた限界効用理論に基づく理論を初め、研究の結果得られた成果を必ずしも講義では発表せず、当時の標準的経済学であったミルの経済学の内容を紹介するに留まっていたにもかかわらず、次第に自らの研究成果を授業でも紹介するようになり、最終的に教師として最晩年にあたるユニヴァーシティ・カレッジでの講義では、最先端の研究成果を授業で紹介するだけでなく、ミル経済学を講義の中で批判をするようにさえなった。
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