若干の試行錯誤を経て、本研究の焦点を長期間にわたった金融機関の不良債権処理過程のクライマックスである1997年末から数年間の「金融危機」(あるいは"Credit Crunch")の時期に合わせた。今日では、この時期の"Credit Crunch"・「金融危機」を契機とし、「危機対策」として実施された金融機関に対する膨大な公的資金の投入および不良債権処理の強制(強行)により「危機」からの早期回復と懸案の不良債権処理が完了したとされている。昨今のサブプライム・ローン危機対策としてこの時期の日本の経験を参考にすべきだとの主張も多い。しかし、契機となった"Credit Crunch"・「金融危機」の実相および採用された対策の有効性が実証的に確認されたわけではない。"Credit Crunch"・「金融危機」はさほど深刻ではなかったかもしれない。対策の有効性は限られたものであり、「自然治癒」による部分が圧倒的であったかもしれない。 マクロ的指標の検討から、この時期の"Credit Crunch"・「金融危機」の深刻さに対する疑問が存在した。資金の取り手である企業の資金調達行動に注目し、ミクロ・データを用いて、この時期に"Credit Crunch"・「金融危機」と呼ぶに値する深刻な事態は発生していなかった点を確認したことが本研究の成果の眼目である。病気が発生しなかったのだから、治療目的の公的資金投入と不良債権処理強制というこの時期の一連の政策は効果を発揮したことにならない。この時期の政策に関わる偉大な成功物語は根拠のない神話であることになる。この意味で、本研究の結論は、1990年代末から2000年代初頭の時期の日本経済に関する通説の見直しと、1990年代以降の不良債権処理過程に関する新たな視点からの研究の契機となり得る。 本研究は、『法人企業統計』の季報及び年報の個表の利用を申請し、統計法に基づく許可を得て実施した研究の一環を構成するものである。
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