研究概要 |
本研究では,倒産処理法制のデザインを考える上で,負債契約が持つ経営者への平常時の規律付け機能と,業績悪化時の事後的な効率的倒産処理手続きとのトレード・オフの問題に着目し,制度設計の違いが及ぼす影響について実証分析による検証を進めてきた.負債契約の下で債務不履行時に経営者へ課されるペナルティは,平常時には経営者に対する規律付け機能が期待されるが,一方で実際に業績が悪化した際には,経営者に倒産処理手続きを回避するインセンティブを与えるために様々な非効率性を招き,企業価値を一層低下させることが知られている.日本では,倒産処理先送りによる非効率性を抑制することを目的として,2000年の民事再生法施行に始まる倒産処理法制改革が実施された.制度改正前後での関係当事者の意思決定の変化について,実証分析を通じて比較することは,倒産処理手続きを効率的に進める上での制度要因の解明に重要な手掛かりを与えるものである. 実証分析の主要な結果は以下の通りである.まず,年次財務データを用いたイベント・スタディでは,制度改革が早期の企業再建着手を促進した可能性が高いことが確認された.また,法的手続き申請のタイミングでのメインバンクの株価に着目したイベント・スタディでは,早期の倒産処理手続きを促したことによる効率性改善の効果は,監督当局による対銀行政策の厳格化とあいまって,メインバンクに及んでいる可能性があることが確認された.さらに,メインバンクが大口与信先の倒産処理を躊躇し,不十分な債権放棄を実施して延命措置を図る可能性も検証した.メインバンクの自己資本額に比して貸出額が大きい貸出先では,債権放棄要請時に債務者企業の株価は上昇する一方,メインバンクの株価は低下している.つまり市場は,メインバンクにリスク転嫁を図る形での問題先送りの債権放棄が行われ,債務者企業の株主を利する合意に達すると予想したと考えられる.
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