本研究は、海外に移転することが困難な暗黙的性質の強い知識を、多国籍企業がどのように移転しているのかについて調査したものである。ここでは、こうした暗黙的性質の強い知識の一つを、発見的知識と呼んでいる。 海外に移転される知識は、利用ノウハウと発見的知識に区分することができる。利用ノウハウとは、すでに組織の特定の部門で利用され、マニュアル化が進められている知識を指している。これに対して、発見的知識とは、何らかの課題が生じた場合に、いかに最適な解を見つけ出すのかについての知識、あるいは最適解を見つけ出すプロセスに関する知識を指すものである。こうした知識は、本質的にマニュアル化が困難であるため、暗黙的性質が高く、移転困難な知識ということができる。一方で、こうした発見的知識を移転することなしに、高度な現地化を進めることは困難である。これは、発見的知識が移転されなければ、何らかの課題が生じた際に、本社によるサポートが継続して必要になるからである。これらのことは、こうした知識の移転が、多国籍企業の大きな課題となっていることを示すものである。 発見的知識が移転されるということは、知識の受入側が、何らかの課題に対して、管理者の満足できる解を発見できるようになるということを意味するものである。本研究では、こうした発見的知識を移転する上で、組織の行動環境が果たす役割に注目している。組織の行動環境には、価値認識の共有と個人間の関係性の質という二つの次元がある。価値認識の共有とは、あるものの考え方が組織内の個人間で共有されている状態を指すものであり、個人間の関係性の質とは、個人間の関係性が、契約に基づくものか、信頼関係に基づくものかというような違いとなってあらわれるものである。 何らかの課題に対して満足できる解を見つけ出すためには、何について、どのように、どの程度まで考えることが価値を持つのかについての、ものの考え方が身についていることが必要である。また、こうした解を発見するためには、管理者との間の信頼関係をベースにしながら、継続的して共に課題に取り組む姿勢を持つことも求められる。 本研究におけるタイ日系現地法人6社でのヒアリング調査では、こうしたものの考え方の共有、及び信頼関係の構築が、知識の受入側が管理者の期待する解を発見できるようになるために、つまり発見的知識を移転するために不可欠であると認識されていることが確認されている。
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