企業統治において主流をなす理論はエージェンシー理論であるが、その限界は二つある。第一は所有と経営の分離により経営者は株主の利益極大化ではなく、自己の利益を極大化するという主張である。これにより所有と経営が同一人物に統合されていれば、企業統治の問題は生じないという仮説が導かれる。しかし現実の企業社会においてはこのような創業者およびその後継者により経営される企業においても不正行為、非倫理的行為、経営破綻が生じていることは否定できない。エージェンシー理論の第二の限界は企業の主権者を所有者、すなわち株主とする前提である。この株主主権主義は法形式的な狭い概念であり、現実の経営活動の実態に即していない。 これまでの研究成果は顧客が主権者であり、その満足度を極大化するために最も大きな貢献をなす従業員を中心的利害関係者と規定して、経営活動を行う企業の業績が長期間にわたり高い経営成果を実現していることを明らかにしたことにある。すなわちアメリカにおいてはサウスウェスト航空、スターバックス、メドトロニック、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどであり、イギリスではジョンルイス、ドイツではベルテルスマン、BMWなど、フランスではミシュラン、ロレアルなどである。日本においては京セラ、キヤノン、トヨタなどがこの種の企業に属する。 言い換えれば株主利益の極大化を目的とするエージェンシー理論では経営の視野が短期的に陥り、なによりも企業の目的達成のために不可欠な従業員の結束力を殺ぐことを招く。またアメリカにおいてさえ上記の企業の如く、株主至上主義とは正反対の企業理念により成功している企業がある。結論として、エージェンシー理論に基づく企業統治の説得力は乏しく、経営者機能の視点からより総合的に企業理念、企業文化、企業倫理、そして企業統治の実践が企業の永続的成果に不可欠である。
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