企業統治の基本的課題は企業の主権者の明確化である。主権者とは組織の創生と存続に不可欠な個人および集団である。この視点から企業の主権者とは顧客である。主権者はこの意味で従業員、経営者、株主、取引企業、取引銀行その他の利害関係者を超越する。今日あたかも株主を主権者として最優先する米英の思想のもとに敵対的買収が日本においても展開されているが、株主は利害関係者の一部に過ぎない。次に主権者の利益に最も貢献する利害関係者はいずれかを規定しなければならない。これを中心的利害関係者と位置付ける。従業員であることはアメリカの株主利益至上主義を主張する者も同意する。しかし米英においてはこれら人的資源が株主利益向上の手段として見なされているのに対して、日独仏においては従業員が目的として考えられている。すなわちその雇用安定を最重視することである。これは法的に確保され、上記日欧三国において従業員の解雇は米英に比較してより困難である。それによりアメリカ企業と同等ないし上回る技術革新を実現した。株主利益至上主義を前提にする限り、アメリカ、イギリスの企業統治の有効性には限界が存在する。これら二国においては経営者が株主の利益代表者としてその短期的利益に奉仕する過程で、ストックオプションによる巨額利益を獲得し、従業員の企業との一体感を低下させる。また株価を絶えず上昇させる動機の下で不正行為と妥当性を欠く戦略に依存する。現下のサブプライム問題はその典型的表出である。アメリカにおいても顧客満足度の極大化に努め、そのために従業員の雇用を安定させ、生きがいのある労働環境を提供する企業が存在し、繁栄を続けている。株主利益至上主義の利点は経営の透明性の向上にあるが、それのみでは企業の長期的繁栄は望みがたい。日本の経営者は従業員中心の経営に自信をもち、その根拠を株主に堂々と説明すべきである。
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