本研究は、マクロ的志向を持つ国際移民論・エスニシティ論研究者たちが論争を繰り広げている「国際移民による『国民国家に対する挑戦』のうち、国家主権の衰退に関して検討をカえるものである。本研究は次のような過程で進められていった。まず第1に、国家主権の衰退を引き起こす主要因である移民市民権拡大の現象的意義について考察を行った。第2に、「国民国家に対する挑戦」の考察の観点から、「ナショナルを超えた理論枠組み」を求める既存研究の主張に対して、ナショナルな枠組みの徹底化をまず行う必要があることを示した。そしてハマー=小井土=樽本モデル(the HKT Mode1)を構築した。第3に、ナショナルな枠組みを前提としつつ、移民権利が拡大する国際的、国内的環境の役割を明らかにした。第4に、これまでの理論的考察を日本の2つの事例に適用していった。1つは、1990年代以降の日本の移民政策である。日本の移民市民権政策は、HKTモデルから少々逸脱しつつ、政策的均衡を追求していた。もう1つは近年行われつつある外国人研修生制度の改編である。第5に、国家主権の衰退を多文化社会の面から考察するため、多文化社会における社会秩序と規範との関連を考察した。最後に、英国を事例として、国家主権の衰退が国家アクターだけではなくローカルアクターによってもある面では切り崩され、別の面では維持されている様子が確認された。 「国民国家への挑戦」問題に切り込む理論の構築を行うことができたこと、その理論を一定程度応用できたことは本研究で得られた貴重な知見である。次なる段階として、本格的な実証研究に着手する必要がある。
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