かつて日本のハンセン病患者は絶対隔離政策だった。患者は退所規定のない法により国立療養所に強制収容された。本研究は、元ハンセン病患者が被ったスティグマと喪失体験を、子どもから青年期に焦点をあてて検討したものである。用いた資料は以下の(1)〜(3)である。(1)入居者女性(元患者)8人から聞き取ったライフ・ストーリー。2008年現在の年齢は72〜90歳、入所期間は59〜69年間。(2)松山くに著『春を待つ心』(1950、尾崎書店)。松山くには1927年生。12歳で入所、18歳で他界した。『春を待つ心』は死の直前の2年間ほどに書かれた生活綴方集。(3)旗順子の生活記録「十九歳」(1956、『深い淵から』所収、新評論社)。旗順子は13歳で入所。推定1937年生。入所後プロミン治療で症状は消えた。「十九歳」を書いた数年後に軽快退所。(2)と(3)は、本人を直接知っている人を尋ねて話を聴き、執筆当時の本人の様子を踏まえながら検討した。結果として、次のような点が指摘できる。子ども時代の入所の場合、「迎えにきてもらえる」「病気が治ったら帰れる」と思っており、入所時点での喪失感はほとんど語られていない。しかし療養所内の生活様式や規則・職員の態度によって徐々にスティグマが刻みこまれる。成人舎に移る時期には、自分のこれからの人生はすでに多くのものが奪われていると自覚し、喪失感を体験する。しかしライフ・ストーリーの中ではこの時期相部屋雑居生活の苦痛が強く語られている。また客観的視点からすると"重大な喪失"を幾重にも体験しているが、その中で危機的な体験になる"重大な喪失"は生きる支えを脅かしまた関係性を変えてしまうような場合に起っており、その内容は一般化できない個人によっての意味を持っている。
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