本研究期間において、「教育的スロイド」という理念と方法を発展させたオットー・サロモンに焦点をあて、1870年代から1890年代までの、サロモンのスロイド教育論の形成・展開過程を、とりわけ彼のモデル・シリーズを中心に解明してきた。そのなかで課題として浮かび上がってきたことは、オットー・サロモンのスロイド教育に関する主張の特徴を解明するには、「モデル集成」や「モデル・シリーズ」を調査、整理、分析するだけでは不十分で、少なくとも彼自身がスロイド教育に関する主張の要点をテーゼのような形式で述べた文書の内容を、彼が生きた時代の、スウェーデンの民衆教育制度の発展状況との関連で、詳細に分析する課題が浮かび上がってきた。そこで、次に、(1)主として「民衆教育令」直前の民衆教育の実態との関連において「民衆教育令」の意義を解明し、(2)「民衆教育令」制定直後の1840〜50年代に展開されたスウェーデンにおける民衆学校制度の形成過程の実情を解明し、民衆教育令体制の若干の特徴が摘出した。明らかになったことは、以下のことである。民衆教育令がもたらした結果の主要な側面は、学齢児童を就学させるために原則としてすべての教区に民衆学校を設置するという基本的な法制度を確立したことである。その結果、民衆教育は急速に普及し、法令発布後5年して全く学ぶ機会をもたない児童が早くも学齢児童の6%台に減少したことにみられるように、初歩的な基礎を確立するに至った。このような結果は、通例想定される固定型学校を普及させることを基本としながら、それのみでなく、人口希薄な地域に巡回型学校を広範に取り入れたうえ、伝統的な家庭教育を容認するなど、多様な就学形態を含み込む柔軟な政策がもたらしたといえる。民衆教育を普及させるうえで決定的な弱点となっていた教師の不足に対処するために、当面は助教制を温存させながら、教師の資格を設定し、教師養成と教師の待遇の抜本的な改善に着手したこと、教員配置と教師養成に対する国庫補助を強化したことなども民衆教育令がもたらした重要な施策として数えることができる。しかし他面で、民衆教育令体制はなお大きな弱点をかかえていたので、期待された教育実態が伴わなかった。つまり、民衆教育令体制は民衆教育の実を効果的に達成したというには程遠かった。その意味で、民衆教育令がもたらしたものには、初歩的教育を広範な国民に普及させたという積極面と、教育効果は甚だ初歩的な水準にとどまったという両極が併存していた。
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