平成19年2月、京都大学に提出し学位を認められた『贈与と交換の教育人間学-漱石と賢治における贈与=死のレッスン』を基にして、再構成して書き直した単著『贈与と交換の教育学-漱石、賢治と純粋贈与のレッスン』を、今年の2月に東京大学出版会より出版した。これは本研究の主題である「贈与と交換の教育人間学的研究」の集大成というべき成果である。このなかで以下のようなことを明らかにした。まず、教育の起源が交換ではなく、一切の見返りを求めない贈与する「最初の先生」の出現にあること、そしてその贈与は交換を基調とする共同体の道徳を侵犯し、共同体を超えた他者への倫理を生みだすことを、ソクラテス、イエスやシャカ、ニーチェのツァラトゥストラ、そして夏目漱石の『こころ』の先生などを手がかりに論じた。このことから、人はなぜ教えるのかという教育哲学の根源的な問いにたいする答えと、教えるということがはらむ思想的意味が明らかになった。またこの極限的な出来事というべき純粋贈与の在り方、そしてそれに関連する他者の在り方や他者への倫理を、宮澤賢治の文学作品を手がかりに明らかにした。さらにこのように明らかにされた教育の起源論から、教育が共同体のなかでの発達を目指すだけでなく、共同体を超えた生成変容を実現するものであることを明らかにした。この議論から「学校論」:「ボランティア論」「マナー論」を論じることで、日本の戦後教育学が共同体の教育に閉じられているという問題点を指摘し、他者に開かれた新たな教育の可能性を示した。
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