研究概要 |
1.一般に建部賢弘の数学の歴史的解明のためには,師である関孝和の数学の検討が不可欠である.特に,『綴術算経』を正しく現代語訳,英訳のためには関の『括要算法』の理解が不可欠である.本年度は『綴術算経』の現代語訳,英訳の補完作業として『括要算法』を初めとする関孝和に関する研究も進めた.とくに,建部賢弘による計算値の精度評価の手法が関孝和による方法を踏襲したものであることが明確になった.関自身はその方法論を村松茂清に負っていると考えられる.すなわち二つの異なった方法で得られた二つの値を比較し,共通部分を真の値と考えるのである.村松は自らの方法による値と歴史的に伝承されてきた値を比較し,関は村松の方法と自らの加速計算の結果を比較した.一方建部は自らの方法による多数の値を比較した.このように村松,関,建部と続く円周率計算における計算の歴史的構造を明確にできたことは本年度の収穫であった. 2.近年の研究により『発微算法』には少なくとも二版があったことが明らかになったが,その評価は依然変わらないことが確認された. 3.『建部賢弘著作集』およびそのディジタル化のための資料収集をほぼ終了した. 4.関に関する全般的研究の成果として,関孝和にわるベルヌーイ数についての仮説を提示することができた.これは『括要算法』の構成を考慮して現在最も妥当な見解だと信ずる.また建部賢弘に関する総合的研究成果として,『建部賢弘の数学』を出版することができた.本書は建部賢弘に関する最初のまとまった単行本である.さらに,建部が円周率を多数桁計算した背景についても考察し,その概略を発表した.すなわち,当時日本には『塵劫記』の開平,開立計算に見られるような多数桁の計算の伝統があり,建部は意味ある計算としてそれを極限まで推し進めたのであった.この視点は近世日本における数学一般の基底の一つとしても重要である.
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