研究概要 |
1.建部賢弘が円周率計算に実際にどのくらいの時間がかかったのかを測るため,珠算家の協力を仰ぎ,再現計算をはじめた.その結果,『綴術算経』に記された43桁の計算を誤りなく遂行するためには,正味20時間以上かかることが予想された.この見積もりは現代の珠算家による計算時間であるから,実際にはさらに時間がかかったと思われる.またこれらの計算を一人でしたとすると,計算の誤りを防ぐための検算にもとの計算と同様の時間がかかることから,この見積もりの倍以上の時間を要する.そこで,おそらくは数人で同時に計算をして得られた数値を確認し合ったと思われる.今回の再現には4名による協力を仰いでいる. 2.建部の数学思想を明らかにするための主要な著作は『綴術算経』であるが,この現代語訳および注解作業を進めた.この成果は岩波書店から出版することになっている.前項(1)のそろばんによる再現を含めて,『綴術算経』の研究は一段落と言って良いであろう. 3.建部賢弘の師匠であった関孝称ほかの研究は建部の数学を明らかにするためにも有効であり,今年度は特に関孝和について集中的に研究を進めた.たとえば円周率計算に関して建部は内接正2^{10}角形までの周長から加速計算をしているが,それに先立つ村松茂清は2^{15}角形の周長を計算し,関は2^{17}角形の周長から加速している.このことから,建部が実は2^{11}角形以上まで周長計算し加速計算をした可能性も指摘できる.この場合,誤差によって小数第43位以降は数値が一定の値に定まらない.このことから建部は円周率を小数第42位までを得て,『綴術算経』にはそれに必要な周長として2^{10}角形までを計算したと記した可能性があるのである.
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