量子ドットにおける電子スピンのデコヒーレンス時間の理論的極限を決める因子を解明する研究を行った。低温の極限では、フォノン放出過程と原子核スピン間の双極子相互作用によるゆらぎが電子スピンのデコヒーレンスの主たる機構と考えられる。ここでは前者によるデコヒーレンスの機構を研究した。量子ドットにおける単一電子のスピンdoublet準位が求まれば、スピン緩和率はFermiの黄金律により計算される。通常は1フォノン過程として計算されることが多いが、スピン分裂エネルギーが数μeV以下の時には、対応するフォノン波数が非常に小さくなり、電子格子相互作用の行列要素も非常に小さくなる。このような状況では、2フォノン過程を考慮に入れる必要がある。計算では、量子閉じ込めが強い場合、弱い場合、磁場が結晶成長面に垂直な場合と平行な場合を考えた。その結果、1フォノン過程と2フォノン過程のクロスオーバーが起こり、数T以下の磁場下では2フォノン過程が主要となることを予言した。 更に、電子と核スピンとの超微細相互作用によるダイナミクスに着目し、核スピンのメモリー利用に関わる基礎検討を行った。電子のスピン状態の観測が核スピンの状態分布に影響を及ぼし、それがまた次の電子スピンの観測結果に影響を及ぼすという、back-actionの連鎖を発見した。ゲート制御型量子ドットにおける2個の電子のsinglet、triplet状態を区別する観測において、核スピン系が量子的なコヒーレンスを保存すると仮定した場合にのみ観測結果のバンチング現象(例えば、singlet状態を続けて観測する確率が高くなること)が発現することを見出した。これは電子スピンと核スピンとの相互作用による量子メモリー効果に起因した結果であり、電子スピンから核スピンへの状態転写と逆転写(読み出し)の可能性を示唆するものである。
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