スピネル型磁性体ACr_2O_4(A :非磁性元素)では正四面体の頂点に磁気モーメントが存在し、さらにこの正四面体が三次元ネットワークを構成している。この構造に起因してCr^<3+>スピン間の相互作用に強いフラストレーションが存在する。また、Cr^<3+>イオンは軌道の自由度を持たないためにヤン-テラー歪みを起こさず、相互作用に比べて充分に低い温度まで強いフラストレーションのために磁気秩序を起こさないと予想されている。しかし、実際の物質では低温で格子歪みを伴い長距離磁気秩序を起こす。これは、スピン・ヤン-テラー効果とも呼ばれ、スピンー格子相互作用に起因して発現する格子歪みとして興味深い現象である。さらに、ACr_2O_4では磁場中で磁化が一定になるプラトー現象が広い磁場領域で観測されており、上記の強いスピン-格子相互作用に起因すると理論的に予測されている。 我々は、上記の磁化プラトー領域におけるスピン-格子相互作用を明らかにするために、10テスラ付近で磁化プラトー相を示すHgCr_2O_4を用いて中性子およびX線回折実験を行った。最初に中性子回折実験を行い、ゼロ磁場でのCr^<3+>スピンの磁気構造を明らかにした。磁場を増加させていくと10テスラ付近で急激に磁気構造の変化が起こり、磁気ブラッグ反射のスペクトルが大幅に変化する。このスピン配列には幾つか可能性があるが、詳細な解析により対称性がP4_332の磁気構造(正四面体上の4個のスピンのうち3個が磁場方向に1個が磁場と反対方向に向く)を一意的に決定した。さらに、磁場中で放射光X線回折実験を行うことにより、結晶構造も磁化プラトー相で変化し、磁気構造と同様のP4 332の対称性を持つことを明らかにした。これは、この系においてゼロ磁場で見られる磁気転移のみならず、磁場中での磁気転移にもスピン-格子相互作用が大きく関与していることを示している。
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