平成19年度中の発表論文はないが、熱力学第2法則におけるカオスの役割についての論文を、現在論文執筆中である。この研究は、当該研究課題におけて導出された過剰発熱の表式(ヒステリスの面積についての表式)からのスピンオフとして生まれたものである。 近年、揺らぎの定理や非平衡仕事等式などによる熱力学第2法則の証明について、平衡分布の物理的意味とカオス力学の役割との視点から再考した。 熱力学第2法則の証明は、初期分布(測定開始時の分布)がボルツマン分布であるとの設定において成立している。しかしボルツマン分布は無限個の分布の中の唯一つの分布であり、初期分布としての実現可能性はゼロであるとの指摘がなされている。 物理学者にとっての平衡分布とは、過去に用意された適当な分布が、時間発展の結果到達した分布である。実際非平衡仕事等式を、ボルツマン分布でない初期分布に適用できるように拡張すると、熱力学第2法則からのずれが生じる結果を得る。このずれはボルツマンの相対エントロピーとして与えられ、一般に力学系では、どんなに時間がたってもゼロになることはない。 当該研究において導出された過剰発熱の表式を拡張することによって、過去の分布とボルツマン分布との差から生じる、過剰発熱への寄与を求めることができる。この過剰発熱への寄与は、相関関数として与えられ、カオスによる混合性の仮定の下に、十分に時間が経てば消えてしまう。この結果として、過剰発熱は測定開始時の分布がボルツマン分布である場合と一致して、熱力学第2法則が成り立つことになる。
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