研究概要 |
前年度の成果,ダブルスキャッタラーを用いることで気体標的に対しても固体標的の場合に比較出来る1%以下の精度で阻止能が測定可能なこと及び充分な精度と信頼度で入射陽子のエネルギーが決定出来ることが明らかになった,の上で今年度は本格的な阻止能測定に取り組むこととなった。標的としてどの様なものを選択するかという段階で、本研究の前段階とも言える仕事について少し述べておきたい。(本研究の成果ではないが、非常に密接な関係があると考えられるので、研究発表の所に挙げさせて頂いた。)現時点で最も信頼度が高いと考えられる振動子強度に基づいた原子及び分子の平均励起エネルギーの計算を行った仕事である。32種類の原子及び分子の平均励起エネルギーを計算し、それらの系統的な振る舞いを詳細に議論したものである。この仕事によってどの様な標的を選択するのがより実りの大きな研究が可能であるかを検討した。個人的に最も興味を引かれた標的は有毒な気体を取り扱わないといけないことが分かった。我々の所有している設備では有毒ガス標的の使用は困難であることから、本研究においては次善の選択として炭化水素系の系統性に注目して、前年度のメタンガスに対する測定を活かした、エタン,プロパン,ブタンガスの阻止能を測定することとした。 前述の計算では、メタン,エタンガスの平均励起エネルギーは評価されていてI/Zの値は分子中の全電子数の増加とともに単調に減少していくことが示されている。本研究においてはその延長上にプロパン、ブタンの平均励起エネルギーが測定されることとなり、計算で示された系統的な振る舞いがどの様な形で系の電子数の増加とともに変化していくのかに関して一つの解答を与えてくれることになる。同様な系統性は類似の分子グループに対しても成り立つことが予想されるので、他の標的分子群に対しても指針を与える結果が得られることが期待出来る。 実験は0.6MeV-3.0MeV陽子に対するエタンガス、プロパンガス、n-ブタンガスの阻止能を0.2MeV毎に測定した。測定された阻止能の精度はおよそ0.5%と評価している。得られた阻止能データをBethe-Blochの阻止能公式を用いて解析し、平均励起エネルギーを求めた。平均励起エネルギーの算出に用いた阻止能データは主に1MeV以上のものである。これは、理論式が高速陽子に対して良い近似で成立するものであることによる。得られたI/Zの系統性は、振動子強度に基づいた計算結果と調和するものであり、それらの外挿値としても合理的なものであることが判った。
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