研究課題
基盤研究(C)
生体膜の基本構成物質であるリン脂質は、水中で疎水基を内側に挟んだ二重層膜を形成する。そして生体内では二重層膜単層のμm程度の大きさの小胞(巨大ベシクル)を形成し、細胞などの小器官となる。一方合成リン脂質を水と混合すると、繰り返し周期が60Å程度の多重層膜を形成し、自発的に単層の巨大ベシクルを作ることはない。従ってリン脂質が巨大ベシクルを形成する要因を明らかにすることは、生命現象を解明する上で、あるいはソフトマターの自己組織化を明らかにする上で重要である。そこで本研究では、合成リン脂質から巨大ベシクルを形成する方法として知られている「静置水和法」に着目し、その機構を解明することによってリン脂質の自己組織化の要因を明らかにすることを目的として研究を行った。前年度までの研究に引き続き、我々はリン脂質の乾燥膜が水和してベシクルが形成される過程を、時分割X線小角散乱装置により調べた。これによると室温で液晶相にあるリン脂質DOPCは、水和から数秒以内にリン脂質乾燥膜の膜間が数Å増大し、いったん準安定状態に落ち着いてから徐々に膜がはがれていく事が分かった。そしてこの過程を剥離転移であると考えて、遷移確率から自由エネルギーの形状を推定した。これにより、乾燥膜からのベシクルの形成は最外層の膜のみに関しての有効立体斥力が数%増大するだけで起こりうる、と言うことを示した。続いて我々は、温度低下により液晶相からゲル相に転移する「主転移点」の直上で見られる「異常膨潤」の現象に着目し、その要因を中性子スピンエコー法により調べた。その結果、異常膨潤領域ではこれまで考えられていたようなリン脂質膜の軟化が起きるのではなく、むしろ曲げ弾性係数が大きくなるとの結果が得られた。これにより、異常膨潤は膜の熱揺らぎによる立体反発によって起きるのではなく、静的な乱れの増大が主要因である事が分かった。
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