本年度は2つの実験に関して新しい知見が得られたので報告したい。なお、理学部4年生の熊谷仁孝氏と岡山大学地球物質科学センターの神崎正美助教授に助力いただいた。まず、高圧条件で分光実験を行った。ダイアモンドアンビルセル中に、アルカリ塩化物の各水溶液を圧力標準のルビーとともに封入し、各圧力でラマン散乱を測定した。結果は、塩濃度とともにラマンのピーク周波数が高くなりことがわかった。これは、「水素結合の距離が長くなる、または、水素結合の強さが弱くなる」と解釈できる。周波数の圧力依存性を詳しく見ると、高い濃度の水溶液では、各ピーク周波数の圧力依存性はほぼ一定であったが、薄い水溶液(特にNaCl72H20)では、純水で見られた0.4GPa付近での折れ曲がりを確認した。海水程度のNaCl溶液では純水で見られたのと同様な構造の変化が低圧から高圧にかけて起こるようだ。続いて、分子動力学計算プログラム(東京工業大学河村雄行、MXDORTO、2006年版)を用いて、純水とNaCl水溶液に関して分子動力学計算を行った。水素結合距離、水素結合している水分子の数、およびパワースペクトルを得ることができた。塩濃度が増えると、水分子間の水素結合数が減少し、計算された振動周波数は塩濃度が増えると高くなり、分光実験結果と調和的である。分子動力学計算結果は、水溶液中では純水に比べ、水分子間の水素結合数が減少することを示していて、水素結合距離が長くなることは示していない。そのため、分光実験の結果は、塩が加わると水分子間での水素結合の強さが弱くなることを示している。
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