海洋表層で生産される浮遊性有孔虫の炭酸カルシウム殻は、死後水柱を沈降し海底堆積物中に埋積されるまでの間に、溶解と二次石灰の沈着が起こると考えられている。そのため、過去に堆積した堆積物中に含まれる浮遊性有孔虫殻の重量減少を見積もれば、過去の海洋における炭酸塩溶解量およびその原因となった海洋炭酸系の変動が推定できるとされている。しかしこの方法では、1)溶解・二次石灰化が沈降・堆積過程のどこで主に起こるか、2)二次石灰化の程度がどのくらいか、ということが問題となる。これらが不明なままでは、殻の炭酸カルシウムに記録されると信じられている海洋の炭素・酸素同位体比も、どの水深で記録されたものかが分からないため、古水温・古塩分プロクシ記録の正確度にも深刻な影響がある。本研究では、海洋表層に死骸で浮遊していたもの・セディメントトラップで回収された水柱を沈降中のもの・表層堆積物の3通りの試料から浮遊性有孔虫Globigerinoides saoculiferの完全個体を50-70個ずつ集め、そのサイズ・重量・酸素炭素安定同位体比を一個体ずつについて分析することを通して、浮遊性有孔虫殻の重量変化過程を明らかにするとともに、過去の溶解程度の変動とその同位体比への影響を検討した。その結果、G.sacは、海洋表層付近で成長し、水深400mまでの間に配偶子形成カルサイトをつけて重量が20%増加した後、死んで水柱を沈降する間は僅かに溶解が起こるが二次石灰化は起こらず、堆積物表層で溶解し、その後埋没してから二次石灰化が起こる、というプロセスとなることが分かった。二次石灰化程度は様々で、系統的な変化を示さなかったが、二次石灰化程度に応じて、殻に残された酸素同位体比は低温・高塩分を反映して大きくなっていた。G.sacの殻は、溶解が進む際には殻サイズは変化せずに殻が薄くなっていくので、ある程度溶解が進むと破片化する。そのため、「完全個体」のみの重量分布を検討した場合、もともと左右対称な正規分布していた殻重量は、溶解が進むほど軽いものがカウントされないために、その分布形が歪んでいく。この殻重量分布の歪度は殻溶解程度と良く相関し、すぐれた炭酸カルシウムの溶解指標となることが分かつた。これは本研究における全く新しい発見であり、従来提唱されていた浮遊性有孔虫殻重量溶解指標の持つ問題点を解決するものである。これを利用して、有孔虫殻の真の溶解量と二次石灰化量が計算できることになり、殻のもつ同位体記録(古水温・古塩分)解釈の精密化という目的も達成することができた。
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