研究概要 |
前年度に引き続き,配座異性体をもつ1,2-ジクロロエタンを試料化合物としてアモルファス状態からの構造緩和を詳細に検討した.試料蒸着温度をさまざまにとりgauche分子のモル分率をラマンバンド強度から見積もると,40K以下の極低温の基板に蒸着した試料では室温蒸気でのモル分率がほぼ保持されること,これより高い温度で蒸着した試料ではgauche分子が増加することなどがわかった.これらにより,蒸気蒸着時の試料表面温度の上昇は数K以下であることがわかった.また,アモルファス試料の温度を上昇させると一般にgauche分子の増加が見られるが,蒸着温度に依存して,ある一定の温度までは増加の程度が少なく,それ以上の温度では増加が急速になることなどが確認できた.これらの結果を総合して,アモルファス1,2-ジクロロエタンの温度上昇による構造緩和について詳細な考察を行うことができ,その結果はJ.Phys.Chem.B,110(2006)24827-24833において詳細に報告した.なお,この論文には,ラマンバンド強度の比からgauche分子,trans分子の比率を導き出すための手続きも詳細に記述した. また,1,2-ジクロロエタンと同様にgauche, transの配座異性体をとるブチロニトリルについても類似の研究を行い,ラマンバンド波数シフトの温度依存性の変化から,ガラス転移を確認することができた.これは,分光学的方法によりガラス転移を確認することができた初めての例である.この結果は,1,2-ジクロロエタンに関するラマン分光の結果の一部とともに,J.Non-Cryst.Solidsにおいて論文として受理され,印刷中である. さらに,上で述べた2種類の化合物のアモルファス状態からの構造緩和をX線回折によっても研究し,ラマン分光の結果と相補的な結果を得たので,これらをまとめる論文を準備中である.結論として,配座異性体を用いた分子性アモルファス物質の研究は極めて有意義であった.
|