本年度は計画初年度であり、まず発光スペクトルを観測するためのガラスセルの設計および製作を行った。スペクトルの輝度温度そのものの絶対値は常温および低温較正源を用いることにより比較的正確に求めることができるが、この値を用いて、各種分光定数の絶対値を決定するためには、発光測定に用いるセルに封じ込める測定対象気体の圧力、および希釈濃度が正確にわかっている必要がある。また、強度較正測定にあたってガラスセルのブランクスペクトルを測定する必要があるが、測定対象気体の封入作業を測定コンフィギュレーションを変化させずにできるような構造にすることが安定した発光スペクトルの取得のために重要であると考えた。よって、以上の諸条件を満たすガラスセルを何種類か製作し、実際の測定に用いた。 今年度は測定対象気体として、塩化水素、およびアセトニトリルといった安定分子を選んだ。両者とも成層圏大気化学において重要な役割を果たしており、電波を用いた大気分光リモートセンシングの観測対象である。しかし、観測データからこれらの気体の大気中の高度分布を導き出すのに必要な正確な圧力幅係数や圧力シフト係数が求められていない。本手法ではスペクトルの正確な形状が絶対強度とともに取得可能であるために、本研究の初期テーマとしては格好であると考えた。塩化水素およびアセトニトリルの希釈ガスとして窒素および酸素を選び、1%程度に希釈したガスを測定に用いた。そしてガラスセルへの封入圧力を0.1hPaから100hPa程度まで変化させ。発光スペクトル測定を行った。取得したスペクトルに対し、放射伝達を考慮したVoigt関数で非線形最小二乗fittingを行い、圧力幅および遷移周波数を求めた。その結果、例えば25℃における空気に対するH^<35>Cl(N=1-0)の圧力幅係数として2.663(3)MHz/hPa、圧力シフト係数として93.9(26)kHz/hPaという値を得た。アセトニトリルについては現在解析中である。これらの結果は、Journal of Molecular Spectroscopyに投稿予定である。
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