本研究はヘテロダイン検波技術を利用したテラヘルツ領域の発光分光法を気相分子に適用し、従来の吸収分光法が持つ周波数分解能を維持したまま、広帯域のスペクトルを正確な強度情報と共に測定する手段を確立しようとするものである。ここでは、1.幅の広がったスペクトル形状の定量的な議論、2.複雑なスペクトルパターンを示す分子の量子状態の容易な帰属、そして3.広帯域にわたる絶対強度の測定の特性を活かした複数の量子状態の同時観測、の三点について、本研究で新たに開発した分光法が有用であることを示した。実験は茨城県つくば市の宇宙航空研究開発機構に設置されているテラヘルツ帯受信機を用い、主として0.6THz帯で行った。 まず1.については最初に塩化水素の二種類の塩素同位体のJ=1-0回転遷移について、0.3-200hPaという極めて広い圧力範囲のスペクトル測定に成功した。得られたスペクトル形状を解析することにより酸素及び窒素に対する塩化水素分子の圧力幅および圧力シフト係数を、精密に決定した。同様の測定は対流圏化学で重要な役割を果たすアセトニトリルについても行いJ=34-33回転遷移のK=0-7副準位について係数を決定した。2.についてはジフルオロメタンの0.6THz帯における発光スペクトルを測定し、スペクトル線の周波数及び強度情報からカタログデータの比較が容易に行えることを示した。これは未知の分子のスペクトル線の帰属を行うに当たり、広帯域で正確な強度情報が得られることの優位性を示唆するものである。3.についてはアセトニトリル/ヘリウム混合気体の放電プラズマからの反応性生物の発光スペクトル観測を試みた。シアン化水素の振動励起状態の強度から、振動温度として410Kが得られた。これは化学反応の速度論的研究を進める上で重要な情報であると考えている。以上の成果はJournal of Molecular Spectroscopyに投稿準備中である。
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