研究概要 |
本年度は金属クラスターの電子ダイナミクスと電子物性の観点から主として以下の二つの研究を行った。 1)リング状の物質の中心を磁束が貫くと、その物質中に電流が生じることは良く知られている。しかし電流を誘起するために必要な静磁場は物質の半径の二乗のオーダーに反比例して大きくなるため、直径が1nm程度まで短くなってしまうと、現在技術的に達成し得る強磁場を利用しても電流を誘起することができない。これは典型的な小さな分子では静磁場を使って電流を発生できないことを意味する。本研究では、Na_<10>, Au_<10>, C_6H_6等の直径が1nm程度のリング状分子に、静磁場ではなく円偏光レーザーパルスを照射することによって電流を誘起できることを理論的に示した。ここでは時間依存密度汎関数理論に基づく数値的方法を使って、誘起電流発生のメカニズムの解明を行った。研究の結果、円偏光レーザーパルスを照射すれば直径が1nm程度のリング状分子であっても、容易に電流を誘起することが可能であり、また誘起電流の流れる方向の反転を非常に高速で切り替えることも可能であることが明らかになった。また、照射する電場の二乗に比例して電流値が大きくなることを示し、誘起電流は二次の非線形光学応答の結果であることが分かった。誘起電流は分子中に磁気モーメントが発生することを意味しており、分子に磁気的性質を与える可能性を示唆している。これは、新規分子デバイス設計への有用な知見になると考えられる。これらの研究成果については学術論文投稿準備中である。 2)複数の有機分子で保護された金属クラスターは、単体の金属クラスターとは異なる化学的・物理的性質(例えば、線形・非線形光学応答、伝導性、磁性、触媒作用など)を示すことから基礎理学・応用科学両方の観点から盛んに研究されている。このような機能発現と電子ダイナミクスとの関係を明らかにすることを最終目的として、本年度は先ずチオラート分子によって保護された金クラスターを対象として、その電子物性の解明を行った。その結果、チオラート分子中の硫黄原子が複数の金原子を架橋配位し、単体の金クラスターを非常に安定化させることが分かった。また、吸収スペクトルの詳細な同定を行った。更に、王冠型をした非常に特徴的な構造を持つ金チオラート錯体の存在可能性を理論的に示し、その電子構造と光学的性質の解析を行った。これらの研究成果については、現在学術論文投稿中である。
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