分子ピンセットとは一種のレセプター分子であり、ゲスト分子と直接相互作用する二つの末端芳香環(Pincer部位)を適当なスペーサーで連結した構造を有している。このような分子では、置換基の導入などによる非対称化によって分子がキラルになるが、これを利用した光学活性なゲスト分子の認識や識別には興味が持たれる。我々はスペーサー部分にジベンゾシクロオクタテトラエン骨格を有するキラルな分子ピンセットを設計し、この分子がコンフォメーション変化によってラセミ化することを利用して、キラルなゲスト分子との錯形成による不斉誘導を行うとともに、これを鋳型にしたキラルな分子ピンセットの合成について検討を行っている。 今年度は、この基本骨格を有する化合物の合成と、ラセミ化のダイナミクスについて検討を行った。まず、8員環部分に置換基を持たない分子ピンセットについてはベンゾシクロブタジエンとピリダジノフタラジンとの反応により合成した。また、8員環部分にシアノ基を有する化合物については、相当するシアノ基のα-位での縮合反応を利用して8員環構築を行った。またシアノ基の適当な官能基変換によってホルミル基やヒドロキシメチル基を有する分子ピンセットも合成し、それぞれの8員環部分での環反転の活性化エネルギーを明らかにした。その結果、ホルミル体やヒドロキシメチル体では22kcal/mol程度の活性化エネルギーが得られ、これらの誘導体は、低温で光学分割できる程度の活性化エネルギーを持つことを明らかにした。さらに電子豊富なPincer部位を持つ分子ピンセットの電子不足の芳香環との錯形成についても調べた。現在までのところ、錯形成能が小さい点が問題点であり、これについて改善を進めているところである。
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