代表的なプロトン伝導体である硫酸水素セシウムの温度・圧力等により出現する様々な結晶多形に対して、O-H、O-D結合の空間分布の経時変化を赤外分光測定により追跡することで水素イオンと重水素イオンの相互拡散係数を求めることを目的とした。今年度は、硫酸水素セシウムの室温高圧相の結晶構造を決定し、赤外分光測定により求めた相互拡散係数の圧力依存性を水素結合ネットワークの変化の観点から明らかにした。常温常圧II相から室温高圧HPHT1相(斜方晶)へ転移すると四面体イオン間の接近に伴い、水素結合距離が短くなる。HPHT2相(斜方晶)ではさらに水素結合距離が短くなった。相互拡散係数の測定でもHPHT1相、HPHT2相では拡散速度が低下しており、水素結合距離の短縮により四面体イオンの回転運動が抑制されプロトン伝導度が低下したと考えられる。ラマンや赤外分光測定において水素結合関連のピーク振動数のシフトからHPHT1相において水素結合が弱まることを示す結果が得られており、現在DFT計算も行いながら構造解析の結果との整合性について、さらに検討を行っている。 硫酸水素セシウムに対して、銀蒸着基板上で2倍程度の表面増強効果を観測した。H体とD体の区別も可能であり、拡散計測への適用を試みた。しかし、拡散により基板まで到達したプロトンの表面増強赤外ピークのみ観測するためには、試料の均質で平坦な薄膜化や、赤外測定用基板の耐酸性の問題などにより拡散データの取得には至らなかった。他の物質への適用などへ展開を図ることで手法自体は発展の余地がある。
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