将来の分子スピントロニクスデバイスに資する興味深いコア分子の創製を目指して、ニトロキシド基を置換法として有する芳香族アミン類の合成研究を実施した。メタターフェニル主骨格にニトロキシド基を一つ置換したジアミンと、参照化合物として、ニトロキシド基が置換していないジアミンの合成に成功した。種々の合成経路を検討した結果、トリブロモベンゼンの一つのブロモ基をリチオ化した後、ヒドロキシルアミノ基へと変換したニトロキシドラジカル前駆体と、別途合成したトリフェニルアミンの一つのフェニル基の4位にボロン酸基を導入した化合物を、パラジウム触媒を用いて、カップリング反応させることにより、高収率で日的化合物の前駆体を得ることができた。この前駆体から、ヒドロキシルアミノ基の保護基を外し、酸化銀で処理することにより、容易に目的化合物を得ることがわかった。合成化合物の電気化学的測定の結果、分子中の2つのアミノ基部分から先に酸化が起こり、ニトロキシドラジカル部位の酸化はさらに高電位でなければ起こらないことがわかり、ニトロキシドラジカル基は局在スピン源とみなせることがわかった。実際に一電子酸化を電気化学的に行った後、吸収スペクトルを観察した結果、ニトロキシド基を持たない参照分子においては、混合原子価吸収帯が観測されるのに対し、ニトロキシド基を持つ目的分子においては、その混合原子価吸収帯が高エネルギー側にシフトしていると考えられるスペクトルが観測された。このことは、ニトロキシド基の局在スピンが分子内のラジカルカチオンのスピン移動に何らかの影響を与えていることを示唆しており興味深い。量子化学計算の解析から、この原因は、ニトロキシド法とトリアリールアミン部位の酸化電位がほぼ等しいことから、トリアリールアミン部位とニトロキシド基の間に新たなスピン移動チャンネルが開けたためであることを示すことができた。一方、トリアリールアミン骨格の結合様式を代えることによってニトロキシド基が分子内スピン移動に与える影響を抑えることができることが明らかとなった。さらにトリアリールアミン由来のカチオンラジカルとニトロキシド基由来の局在ラジカルの磁気的相互作用は保持されることもわかった。
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