本研究では、腹部体表周囲上の多地点に置いた送受信器間で低周波百kHz帯超音波の透過観測を行い、その伝搬時間データをもとに腹部断面音速のトモグラフィ映像を実現するための検討を行った。ここでは、メタボリックシンドローム診断に役立てることを意図して、脂肪領域が他の領域に比べて100m/s程度音速が遅いことを利用して、再現された腹部断面の音速映像から内臓脂肪面積を推定する方法の提案および評価試験を行った。本研究における直線経路伝搬モデルを前提にしたトモグラフィ計算の技術的困難点の第一は、強散乱体である脊髄が映像化の障害になることである。この問題に対して、参照波に対するひずみが一定以上に大きい受信波は、脊髄の通過その他の原因で直線経路伝搬モデルを満足しないと判断して、画像計算のデータから取り除くこととした。第二は、通常のMHz帯では音波減衰が大きく腹部体表間の音波の送受信が困難であるため、百kHz帯の低周波超音波を用いた。第三は、データの観測時間を短縮し、しかも装置を安価に実現するために、少数の送受信経路データをもとに画像再現を行った。このような不完全なデータから画像を再現する方法として、経路平滑化ART法(代数的画像再構成法)を考案し本問題に適用した。具体的には、直径400mmの円周上の等角度32地点の場所を、対向送受信器対を回転走査させることで、脊髄を通る経路を除いた約100経路の少ない伝搬時間の観測データをもとに画像再現を行った。また、X線CT像との比較を含めて、被験者に対するへそ周囲の腹部断面映像の評価実験を行った。音波トモグラフィ法による腹部断面領域(筋肉、皮下脂肪、内蔵脂肪、腸、腎臓、脊髄)の形状の再現性能は多少正確さを欠くが、脂肪面積の推定精度については、ほぼ満足のいく精度が実現できることが確認された。これにより本手法のメタボリックシンドローム診断への適用の可能性が示された。
|