コオロギ(Gryllus bimaculatus)の雄個体を用いて、以下の成果をあげた。 1.性成熟過程における行動と脳構造の変化: 1-1.行動の変化:羽化直後の雄は雌に対してのみ攻撃行動を発現するのに対して、性成熟後(羽化してから約1週間後)の雄は雌に対して求愛行動を発現開始し、雌に対して攻撃行動を示さないことを発見した。この現象は、雄コオロギの雌に対する行動は性成熟過程において攻撃行動から求愛行動に変化していることを示す。また、正常なsenal Orientation(雄は雌に対してのみ求愛行動を示すという現象)は羽化してから約1週間後に発現開始すると考えられる。 1-2.脳構造の変化:雄では羽化する直前の幼虫の脳のcentral bodyにおけるセロトニンニューロンの数が性成熟後の個体と比較して少ない傾向を示した。したがって、性成熟過程においてcentral bodyのセロトニンニューロンが増殖している可能性が示唆される。現在、この可能性を検証している。 以上の1-1と1-2の成果から、正常なsexual orientationの発現をコントロールする脳(おそらくcentral bodyを中心とする)ニューロンネットワークは性成熟過程で完成すると考えた。また、従来の報告から考えると、このネットワークが完成するためには、ニューロンの増殖とともに、アポトーシスが起こっているのかもしれない。そこで、Central bodyを中心とするニューロンネットワークに焦点を絞って、ニューロンの増殖とアポトーシスを調べてることを計画している。 2.aggressive songの意義: 既に報告されているように、2匹のコオロギ雄成体を同じ容器に入れると、直ちに戦いを開始した。数十秒間の戦いの後、雄間においてdominantとsubordinateの関係を確立した。その後、dominantはsubordinateに対して繰り返し攻撃した。加えてdominantはaggressive songを発した。この状況において、dominantが発するaggressive songはdominant自身の脳セロトニンレベルの低下を抑える可能性が高いことを示した。これは、aggressive songが同種間でのコミュニケーションの手段として用いられているだけでなく、aggressive songを発している個体自身の脳機能にまで影響を及ぼしていることを意味する。またdominantとsubordinateの関係を維持するうえでaggressive songは必要ではないことを明らかにした。
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