同時に多くの薬剤に対して耐性を示す多剤耐性は医学上の大きな問題になっている。多剤耐性は細胞膜上の多剤排出ポンプがATPあるいはH^+の濃度勾配をエネルギー源として薬剤を細胞外へ排出する事によって起きる。なかでも、P-糖タンパク質はがん細胞などで大量発現し、薬物を用いたがん治療の大きな障害になっている。この研究の目的はこれらの薬剤排出トランスポーターの分子機構、特に多様な基質の認識機構を解明する事にある。 P-糖タンパク質の基質は疎水性が高く生体内では脂質二重層中に濃縮されている。これまでの生化学的な研究から、P-糖タンパク質は脂質二重層の細胞質側から基質を取り込み細胞外溶液に排出する"バッキユームクリーナーモデル"が提出されている。したがって、輸送基質と脂質二重層との相互作用がP-糖タンパク質による基質認識の最初のステップになる。この研究ではP-糖タンパク質の輸送基質がどのように脂質二重層と相互作用するのかその様式をモレキュラーダイナミクスを用いて解析した。その結果、輸送基質が脂質二重層の表面付近に濃縮される事を見いだした。また、ホモロジーモデリングによりP-糖タンパク質の立体構造を予測し、脂質二重層の表面付近にあたる部分で基質と水素結合/イオン結合を形成するものと推定した。さらに、基質結合の強さと輸送活性の相関性から、"ソルベーション交換メカニズム"を提唱した。 また、ヒトの新規の薬剤排出タンパク質としてMATE型トランスポーターを同定し、これが腎臓や肝臓において有機カチオンの排出に関わっている事を明らかにした。
|