複数の薬剤に対して同時に耐性を示す多剤耐性は薬剤を用いた治療の大きな障害となっている。P-糖タンパク質は形質膜に存在するトランスポーターで、ATPの加水分解により得られたエネルギーを利用して種々の薬剤を細胞外へと輸送する。がん細胞等ではP-糖タンパク質が大量に発現しており、抗がん剤に対する耐性を獲得する主要な原因となっている。医学上の重要性にもかかわらず、P-糖タンパク質の薬剤輸送の分子機構は不明なままである。 本研究ではP-糖タンパク質の薬剤輸送の分子機構を明らかにする為に、バクテリアの薬剤輸送トランスポーターであるMsbAとSav1866をモデルとしてヒトP-糖タンパク質の構造モデルを構築した。MsbA、Sav1866ともに、ヒトP-糖タンパク質と相同性があり、同様な分子機構を持っていると推定されている。この構造モデルから、薬剤認識に関わる残基を推定した。P-糖タンパク質の基質となる薬剤は疎水性のカチオンであり、形質膜中に取り込まれたのち、P-糖タンパク質に結合する。したがって、P-糖タンパク質による薬剤認識には脂質と薬剤の相互作用が鍵となっている。そこで、ローダミン、ベラパミール等の各種の基質がどのように脂質膜と相互作用するのか検討した。その結果、これらの薬剤は疎水性め部分を脂質膜の内側に挿入し、親水性の部分で膜表面の水分子や脂質の頭部と相互作用している事が明らかとなった。速度論的な解析かち、膜表面での水素結合の数と輸送活性の速度の間には相関性があることが示された。これらの結果から、水素結合交換モデルを提唱した。このモデルでは、P-糖タンパク質が薬剤を脂質膜から取り込む際に膜表面での水素結合を蛋白質のアミノ酸残基との水素結合に置き換える。ATPの加水分解により蛋白質と薬剤の水素結合が破壊されると薬剤はP-糖タンベク質から遊離し細胞外へと旅出される。
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