本研究は、水に溶けたタンパク質分子を透明な多孔性ケイ酸ゲル(シリカゲル)の細かい網の目の中に水と一緒に封じ込め、タンパク質分子の動きをゲル・マトリックスとの相互作用で数桁遅くし、変性状態から天然状態に至るまでの折れたたみの"全過程"を"高精度"に解析することを目指した研究である。本年度は、折れたたみの初期過程が比較的よく調べられているウマ心筋シトクロムcを対象とした以下の研究を行った。 1.ゾル・ゲル包括:ゲル中の折れたたみ反応をpHジャンプあるいは変性剤の除去で速やかに開始するためには、プロトンや変性剤分子の拡散浸透が速い"薄いゲル"が必要になる。そこで、厚さ20〜50μmのシトクロムcを含む薄いゲルを前処理した石英ガラス表面にコーティングする手法を考案し、この方法で作製したゲルの物理的強度及び外液置換後ゲル内部のpHが秒オーダーで均一になることを確認した。また、折れたたみ反応を段階的に減速する目的で、ゲル重合度の異なる4種類の試料を準備した。 2.折れたたみ実験:天然状態シトクロムcを上述の手法で薄いゲルに封じ込め、酸変性後のpHジャンプによる折れたたみ反応を遠紫外域円二色性スペクトル、可視光吸収スペクトル、トリプトファン蛍光強度の3種類の分光学的プローブで追跡する実験を行った。ゲル中シトクロムcの折れたたみ時間はゲルの重合度に依存して数日から数週間に拡張され、折れたたみの全過程を実時間測定することが可能となった。pHジャンプ後のリフォールディングはほぼ可逆的に起こり、その途中で溶液実験でも観測されている2つの中間体を含む4つの折れたたみ中間体が逐次的に形成されることが分かった。また、初期中間体の構造形成キネティクスには顕著なプローブ依存性と非指数関数性がみられ、シトクロムcの構造形成初期過程には特徴的なエネルギーバリアーが存在しない可能性が強く示唆された。
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