本研究は、水に溶けたタンパク質分子を透明な多孔性ケイ酸ゲルの細かい網の目の中に水と一緒に封じ込め、タンパク質分子の動きをゲル・マトリックスとの相互作用で数桁遅くし、変性状態から天然状態に至るまでの折れたたみの"全過程"を"高精度"に解析することを目指した研究である。本年度は、溶液実験で折れたたみの初期過程が比較的よく調べられているウマ心筋シトクロムcとウシβ-ラクトグロブリンを対象とした以下の研究を行った。 1.シトクロムc折れたたみ反応の速度論的解析 ゲル中シトクロムcの折れたたみ時間はゲルの重合度に依存して数日から数週間に拡張され、溶液実験では観測することの難しい初期中間体の構造形成過程をトリプトファン残基の蛍光強度(分子サイズ)、遠紫外域の円二色性(二次構造含量)、ヘムの光吸収(ヘム環境)の三つの構造プローブで実時間観測することが可能となった。観測された初期中間体形成のキネティクスは顕著なプローブ依存性を示し、多数の連続的な中間的構造が現れる拡散的な分子収縮過程であることが示された。このことは、時間分解光吸収スペクトルのSVD解析の結果からも指示された。これらの結果は、ゲル中シトクロムcの折れたたみ初期過程は特徴的なバリアーが存在しないダウンヒル的な緩和過程である可能性を強く示唆している。 2.ウシβ-ラクトグロブリンを用いた実験 ウシβ-ラクトグロブリンは中性pH領域で分子会合を起こす複雑さがある。この問題を回避するため、アルカリpHで単量体のタンパク質分子をゲルに閉じこめた後、pHを下げて変性・折れたたみを行う実験方法を確立した。現在、このような条件下のゲル中ウシβ-ラクトグロブリンの折れたたみ反応を遠紫外域の円二色性スペクトルで追跡している。ゲル中でも溶液中と同質のαヘリックスの多い中間体を経由して天然状態に折れたたまってゆくことが確認されている。
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