近年の複雑系の科学や数理生物学の発展により、複雑な振る舞いをする生物系についても数理的な考察が可能となってきた。その中で、汎用的でシンプルな数理モデルを用いる方法は、生命現象について一般的な理解を深めるには重要な手法であるが、単純すぎるが故に実験系の結果との直接比較が困難であった。この研究では、生きたままの系を単純な要素にいったん分解し、システムとして人工的に再構築した上で、システマティックな観察を行える系の構築を目指している。これまで、真正粘菌変形体という振動性細胞の形をマイクロ加工技術を用いて制御し、粘菌結合振動子系という実験系を構築してきた。この系では、細胞の部分間をつなぐチューブ構造の径を制御することで細胞の要素間の相互作用強度などのパラメータを系統的に制御できる。その条件下で、振動の時空間パターンの観察・解析を行ってきたが、それまでの研究で、1つの固定されたパラメータに対し複数の時空間パターンを得られること、それらの複数の時空間パターン問を自発的に遷移するという、一見、複雑な現象が見いだされた。平成17年度の研究目標は、(1)この遷移現象の詳細な解析を行い、(2)1つあるいは複数の振動子に複合的な時空間パターン刺激を与えその応答を観察し、パターンの固定化を目指すことであった。そのうち、(1)の項目について、相互作用強度をパラメータとして、各パターンの出現頻度、持続時間、遷移規則、遷移頻度などの詳細な解析を行った。その結果、パターン間の遷移は、単純は外部ノイズで誘導されるのではなく、複合的な要因によっていることが示唆された。(2)の項目について今年度は着手することができなかったが、van der Pol方程式を振動子として、真正粘菌細胞の厚みが結合振動子系全体で保存される条件を加え、各パターンを再現する数理モデルを構築することを試みた。
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