光合成細菌Rhodobacter sphaeroidesの反応中心における電子移動(バクテリオクロロフィルから第1キノンへの電子移動)を例にして、タンパク質中電子移動(ET)の機構を計算科学的に(分子動力学シミュレーションと量子化学計算を組み合わせた方法で)解析した。タンパク質構造が熱揺らぎすることによって、電子トンネル因子TDAが数桁も変化するゆらぎを見出した。そのゆらぎの原因はドナーとアクセプター間の距離の変化によるよりも、各アミノ酸構造とそれらの配置の変化の影響が非常に大きいことを明らかにした。このようなTDAの大きな揺らぎが存在することは電子トンネル経路も大きく揺らいでいることを想像させる。原子間トンネルカレントをたんぱく質構造上にプロットする方法でトンネル経路の揺らぎを調べた結果、主として2つのトンネルルートを交互に利用していることが明らかになった。また、各トンネルルートを通過する際に、トンネルカレントの大きさが激しく変化していることを見出した。さらに2つのトンネルルートを同時に通過する場合もあり、トンネルカレント間には破壊的量子干渉効果が大きく働いていることを示した。このようにめまぐるしく変化するトンネルカレントに対して適当な平均化を行って安定な平均トンネル経路を作成することが望まれる。われわれはET速度の電子因子がTDAの2乗であることに注目し、TDAの2乗をトンネルカレントで展開し、カレン間の量子干渉効果を繰り込んだ原子間トンネルカレントの2乗の和で表現することに成功した。この理論を上記ETに適用すると、平均化したET経路はドナーからアクセプター間を一筆書きで結んだような経路2本で簡単に表現されることが分かった。これによりこれまで直観的に提案されていたpathways modelに物理的根拠を与えることができた。
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