本研究は、トノサマバッタの地理的・季節的適応様式を明らかにするために、中国大陸に分布する個体群の生活史の解析と休眠特性を調べ、地理的・季節的適応様式を解明するのが目的であった。中国大陸の熱帯(緯度19度)から冷温帯(緯度47度)に分布する個体群を材料に休眠の有無、休眠胚ステージの同定、及び親世代の光周期の休眠誘導への影響を実験室で調べ、トノサマバッタの生活史を解析し、中国のトノサマバッタの緯度に対する地理的変異のパターンが、ヨーロッパ又は日本の個体群のそれと似ていることを明らかにした。一方、一化性から二化性に移行する緯度に二つの緯度勾配(日本列島と中国大陸)で違いが存在することを指摘した。また、今まで調べられてこなかった親世代の光周期の変化に対する卵休眠誘導への影響について調べ、季節的な日長の変化の重要性を示唆する結果を得た。日本系統との交配実験により、二つの地域では一貫した遺伝的不親和性はないことが分かった。胚休眠ステージに卵を-10或いは-20℃にさらすことにより、緯度の上昇に従って、耐寒性が増すことを明らかにした。熱帯系統には休眠が知られていなかったが、中国の熱帯系統では、親世代の短日と卵期の低温(20℃)により、半数以上の卵に休眠が誘導されることが分かった。緯度19度の中国熱帯系統での休眠性の存在は、緯度28度でも休眠しないというアフリカ系統とは近縁ではないことを示唆している可能性があり、中国や日本のトノサマバッタの由来を探る上で重要な知見であると考えられる。中国と日本の緯度勾配への適応様式の違いは、緯度ばかりでなく、今回の研究では含められなかった経度と標高への適応様式の研究の重要性を示唆している。これらの結果は、トノサマバッタの地理的分化と将来の気候変動を仮定したときの分 の予測などに有益な情報を与えるものと思われる。
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