研究概要 |
細菌の定常期の代謝は対数増殖期のものと比べて大きく異なり、大腸菌ではRNAポリメラーゼサブユニットのσSが中心となって定常期の遺伝子を発現する。その遷移点となる定常期への移行期において劇的な変動があり、大腸菌等では90%以上の細胞がコロニー形成不能となる。研究代表者らは、σEの発現が移行期に増大し、これによってコロニー形成不能細胞が溶菌へと誘導されることを明らかにした。このことからσE依存性プログラム細胞死(PCD)の存在が示唆されるが、その引き金や溶菌を起こすσEの下流にある遺伝子については不明である。本研究では本PCDについて、引き金となる環境ストレスなどの感知から細胞死までのカスケードの解明を目的とし、以下の成果を挙げた。 1.環境ストレスに対応するσSレギュロンの関与についてσS遺伝子破壊株を用いて検討し、コロニー形成不能細胞の増加を確認した。また、σSレギュロンの1つでカタラーゼ遺伝子katE破壊株についても同様な結果が得られたことから、少なくとも酸化ストレスが関与していることが示唆された。 2.σE遺伝子を一過的に発現させる系を用いて、DNAマイクロアレー解析を行った。多くの新規なσEレギュロンを見出すとともに、PCDが起こる時期に遺伝子発現の増大あるいは減少したものを見出した。その中で、PCDと直接関連する可能性があるものとして、4つのプロテアーゼを見出した。また、発現の減少した遺伝子の中に、多くの外膜ポリンタンパク質遺伝子が含まれていた。 3.トランスポゾン変異株約20,000株を作製し、PCDを抑制する5株を分離した。いずれの分離株もPCD抑制が弱いことが判明した。一方、変異誘発剤処理から得られたPCD抑制変異株は、溶菌が抑制されたことから、PCD抑制には1つあるいは複数の遺伝子の発現増加が必要と思われる。また、同変異株ではポリンタンパク質の発現が野生株並みに回復していた。 4.σE遺伝子発現誘導によって多くのポリンタンパク質の発現が大幅に減少することから、Mg2+の細胞内への取込みが抑制されると推測された。推測通りMg2+添加はPCDを顕著に抑制した。また、DNAマイクロアレー解析の結果、Mg2+によって多くの遺伝子の発現が増大した。 本研究結果から、酸化ストレス等の外部ストレスがコロニー形成不能細胞の形成を引き起こし、σE遺伝子の発現増加によって外膜ポリンタンパク質の減少、続いてMg2+減少が起こり、結果としてPCDが進むと予測された。今後、このモデルに従って、更に詳細な解析が必要と思われる。
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