本研究では、(1)理論的問題の整理を「非営利組織論におけるセクター論」「福祉国家論における『新しい公共論』」「農業経済学・農村社会学における中山間地域振興策」といった複眼的観点から行った。健康上の理由から、学会報告・雑誌論文執筆は叶わなかったが、仮報告書を執筆し、理論上の問題点を明らかにした。特に、非営利組織論においてアプリオリに用いられる「セクター論」について、1930年代の「協同組合セクター論」に遡り、その起源を求めている。福祉国家の形成期、市場の失敗に国家が介入することが正当化される過程で、(社会主義・共産主義の防波堤としての協同組合主義を批判する)「協同組合セクター論」が発表され、非営利組織の経済的機能を社会の「セクター」として扱う議論が生じ、現在につながっていることを論じている。さらに、セクター論が福祉国家の普遍化とともに省みられなくなった後、1980年代以降の福祉国家の危機と共にセクター論・非営利セクターが注目されたことに焦点を当てている。しかも、非営利セクターは新自由主義陣営からも、それに批判的な社会民主主義陣営からも、共に評価されていることに着目し、前者においては小さな政府を低コストで実現するための組織とりわけ営利企業が参入できないような中山間地域でも活動が可能なこと、さらに弱体化したコミュニティや家族を非営利組織が支援することで、自立した個人や自助努力に励む家族・コミュニティの再生を望んでいると推測した。一方、後者では、国家による金銭的なセーフティネットがグローバル化の中で成り立たなくなった事態を受け、地方政府がサービスを直接供給する新たなセーフティネット構築のパートナーとして、非営利組織を選択・育成していると考えた。市町村合併すら出来ないような中山間地の地方自治体では、非営利組織の低コスト性と理念性の高さに期待を持っていると思われる。 また、本研究の特徴は、(2)現地聞き取り調査・資料収集に重点を置き、地方自治体の連合組織である「広域連合」の機能や協同組合・ワーカーズコレクティブ・NPO等の非営利組織が、新たな形態と理念で提供する「公的サービス」について実証することであった。昨年度は長野県上小地区・農協「医療保健福祉複合体」が、公益の提供に成功していることを確認したが、今年度は、ほとんど「平成の大合併」の行われていない愛知県知多半島の福祉関係NPOネットワークを選定した。1990年代初期に任意団体の福祉サービス提供組織が自然発生的に生まれ、ネットワークを形成した。さらに、このネットワーク団体がホームヘルパー養成等に乗り出し、人材育成を進めると共にネットワーク組織の安定的財源を確保し、さらなる非営利組織の結成・成長を促したことが大きい。1999年からNPO法人「地域福祉サポートちた」となり、中間支援組織として、会員団体(知多半島以外の会員も含め26団体-06年6月現在)の支援を行なっている。特に、マネジメントセミナーを2002年から開始、当該地域の広域連合や市町からの事業受託、行政窓口の定期訪問、さらに行政に対する政策提言を行ない、行政下請けにならない「協働関係」を作っている。
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