本年度は低酸素培養による浸潤抑制機構について詳細な解析を行った。まず低酸素培養の細胞内活性酸素種量への影響を詳細に検討したところ、1%酸素で3時間培養すると細胞内活性酸素種量は顕著に低下し、低酸素培養をさらに継続してもそれ以上の低下は観察されなかった。またその際の浸潤能を測定したところ、低酸素条件で3時間培養することで浸潤能は対照の約60%にまで有意に低下し、低酸素培養時間を長くしても更なる低下は観察されなかった。この結果はAH109A細胞には低酸素誘導因子(HIF)が存在していないことを示唆している。次に低酸素培養による浸潤能低下機構を明らかにするため、AH109Aを低酸素条件(1%酸素、3時間)で培養後、腸間膜由来中皮細胞層上に播種し、2時間後に中皮細胞層に接着している細胞数を測定したところ、接着能の低下は観察されなかった。またHGF分泌量にも変化がなく、低酸素培養による浸潤能低下には細胞接着能とHGF遺伝子発現の変化は関与していないことが明らかとなった。次にHGF受容体であるc-metの発現量に対する低酸素培養の影響を解析したところ、低酸素培養条件下においてもc-met発現量は対照群と差がなく、低酸素培養による浸潤能低下にはHGF-c-met経路の量的変化は関与していないものと結論された。最近の研究によりc-metが細胞遊走能を調節する際にはインテグリンと複合体を形成することが必須である、つまりc-metの質的な変化が重要であると報告されている。AH109Aにおいてはインテグリンα5β1が主要なインテグリンであり、インテグリンα5β1は細胞膜マイクロドメインに局在していることを確認した。従って、低酸素条件下ではc-metとインテグリンの複合体形成能とマイクロドメインへの局在が変化し、浸潤能が低下しているものと予想されるが、この点については今後詳細に検討する必要がある。
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