近年、環境調和型反応として加水分解酵素リパーゼの利用が注目されている。しかし、主にラセミ体のアルコールやカルボン酸類から光学活性体の分離に用いられ、炭素骨格構築に応用する研究は殆ど無い。我々は最近、構造修飾されたエトキシビニルエステルを用い、リパーゼ触媒光学分割と、生成物の光学活性エステルの分子内環化反応がドミノ的に進行する炭素骨格構築法を初めて開発した。また、光学分割で残る片方の鏡像体を酵素反応途中にラセミ化させ、全ての原料を光学活性体に変換できる動的光学分割にも成功した。本研究では、これらの2つの手法を組み合わせ、表題の開発を目指している。本年度は以下の成果を得た。 1.前年度に見出した、オキソバナジウム化合物とリパーゼを併用するアリルアルコールの新規動的光学分割法を、3級アリルアルコールに適用した。その結果、前法と同じ光学活性アリルエステル(88-99% ee)が69-99%の高収率で得られることが分かった。本反応は、バナジウム化合物によるアリルアルコールの転位と、リパーゼによる高度な基質及びエナンチオ選択の協同作業によって達成されたもので、従来稀な転位を伴う動的光学分割法となった。また、本法は入手容易な構造異性体が等価な基質として利用できるという不斉合成の新しい概念を提供するものである。 2.上記1のアリルアルコールの転位反応を促進する、より高活性な金属触媒の探索研究を行い、無機バナジウム化合物やモリブデン化合物が候補として見出された。現在、ジエン構造を内包するアルコールを基質とするドミノ型炭素骨格構築へ展開中である。 3.今年度は上記1のテーマが予想以上に展開したので、その遂行に力を入れた。他の計画(酸化還元型のRu錯体の機能向上、他の分子内反応との組み合わせ)に関しても、引き続き検討中である。
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