現在、世界規模で健康影響が問題となっているヒ素化合物の発癌機構について、従来生体防御の観点からは解毒機構と考えられてきたメチル化代謝との関連、特に無機ヒ素の主要代謝物であるジメチルアルシン酸の還元代謝過程で生成されるジメチルヒ素活性種に焦点をあて、動物モデルならびにヒ素中毒患者由来の皮膚病変を用いて詳細に検討してきた。その結果、ジメチルアルシン酸の還元代謝過程で生ずるジメチルヒ素活性種の一部(ジメチルヒ素過酸化体など)には発癌プロモーション作用ならびに酸化ストレス誘発能を有することが推定され、発癌プロモーション作用における酸化ストレス誘発との直接的な関連を示した。一方、ジメチルヒ素活性種の一つであるジメチルアルシンの代謝生成機構を見いだし、さらに発癌イニシエーション作用を有する可能性を推察してきた。 そこで、今年度はこのジメチルアルシンの発癌イニシエーション作用を明らかにするために、マウス短期肺発癌実験系を用いて検討を加えた。その結果、体重減少等の一般毒性は見られなかったにもかかわらず、25週後においてジメチルアルシンを投与したA/J系雄マウスでは約60%、またddY系雄マウスでも約45%のマウスに肺腫瘍の発生が認められ、ともにコントロール群に比べて有意な腫瘍発生数の増加が認められた。また、A/J系雄マウスに生じた腫瘍の大部分はadenomaであったが、一部にはadenocarcinomaへの悪性化が見られた。以上のことから、ジメチルヒ素の還元代謝過程で生じるジメチルアルシンは発癌initiation作用を有する可能性が示唆された。
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