本研究では、シックハウス症候群や本態生化学物質過敏状態等、室内環境中の化学物質に起因すると考えられる健康被害についてその発症機構を明らかにするための研究の一環として、パラジクロルベンゼンや有機リン系農薬の代替殺虫剤として今後使用量の増大が予想されるピレスロイド系殺虫剤に焦点を定め、その解毒代謝に関するヒト酵素を明らかにすることを目的とした。初年度は、ヒトCarboxylesterase(CES)1、CES2及びCES3をクローニングして組換えタンパク質を調製し、代表的なI型ピレスロイド剤であるPermethrinの加水分解反応を速度論的に解析した。その結果、CES1及びCES2にPermethrinの加水分解活性が認められることが判明した。また、ピレスロイド系殺虫剤に対するハイリスク群が存在する可能性を明らかにする目的で、ヒト遺伝子一塩基多型に関する情報に基づいて発現させた異型酵素の機能変化を解析した結果、CES1のG188R変異体はPermethrinに対する加水分解活性を有しないこと、また、本研究で検討した遺伝子多型のうち、G188R以外(S75N、R199H、D203H)については、少なくともPermethrin加水分解に関しての機能変化を伴わないことを明らかにした。最終年度は、今後特に家庭内で汎用されることが予想される常温揮散性ピレスロイド系殺虫剤・Profluthrinに着目し、その加水分解反応について検討した結果、CES1に比べてCES2の加水分解能は極めて低いことが判明し、Profluthrinの加水分解にはCES1が重要な役割を果たしていることが示された。CES1が肝臓や肺など比較的多くの組織に発現しているものの、小腸及び皮膚においてはCES1に比べてむしろCES2の発現量が高いなど、ヒトCESの発現には組織特異性があることが報告されていることから、CESで代謝される環境化学物質については反応に関わるCES分子種とその暴露経路を考慮したリスク評価が必要であることが示された。
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